第2話 スペイン フエルテベントゥーラ

1989年夏、仕事を辞め、スペイン旅行へ。
マドリットやバルセロナの美術や建物など観光スポットを足早に回り、マラガからカナリア諸島へ飛ぶ。その理由は、ウィンドサーフィンのポイントが散在するリゾートの島々だったからです。貧乏旅行でしたので、行き当たりバッタリでランサロテ(アイアンマンレース開催地のひとつ)からフエルテベントゥーラへフェリーで渡り、レンタカーでソタベントを目指します。最低1週間という宿泊施設料金を4日の滞在予定で交渉。翌日、ウィンドサーフィンのポイントに出かけてみるも、噂以上の強風で、更に陸から海に向けて吹いているため、自分の実力では太刀打ちできない(流された場合はアフリカまで単独漂流してしまう、、、、、)と、この地でウィンドサーフィンをするのを断念。翌朝、なにやら外から聞きなれた日本語のような言葉が聞こえてくるので外にでると、、なんとそこには鈴木ケイザブロー(同氏は、ウェブライダーとしてだけでなく、月刊High Windに連載コラムをもつなど、ウィンドサーフィン界でも稀に見る多彩な才能の持ち主で、現在でもラジオのパーソナリティを20年以上続けられています。)がスピードトライアルに参戦の為、ボードシェーパーの宮本氏を擁するサポートチームと、、

突然の出来事に、興奮して充分な挨拶もできない不審な日本人にも拘らず、何かお手伝いさせてくださいという申し入れを即座にご快諾頂き、Team Far Eastの仲間入り。

スピードトライアルは当時日本でも天竜川で大会が行われるなど地味ながら一部で盛り上がっていましたが、実際に見るのは初体験。ウィンドサーフィンは風の強さに合わせ適切なセールサイズを選びますが、強風の為セールサイズを小さくするとスピードが落ちますので、体が持ちこたえる最大限のセールサイズを選ぶことになります。そんな強風に加え、スピードを計測するため、波打ち際で開催されることが多く、小さな波でも、時として、ビッグウェーブよりも危険な劇沈となります。

大会は予選から始まり、記録によって本選進出が決定されます。予選初日にケイザブロー氏は何度かのトライアルの後、自己最高記録で同時に日本新記録でもある35ノットを記録。樹立の瞬間に立ち会うことができ感無量の私は男泣き、、、。同氏のスピード記録は今でも日本記録として保持されているのでは、、、無計画ではじまった一人旅の最後に素晴らしい人達に出会えたことで、更にウィンドサーフィンにのめり込むこととなります。

ビデオは同じくスペインのテネリフェにて開催されたスピードトライアルの映像です。

本文内の写真はクリックすると拡大されます。真ん中のピンクのTシャツがケイザブロー氏。左下の写真の鉛筆の様に尖ったノーズ、細いボディが特長であるスピードトライアル専用ボートは宮本氏が気合を込めて製作されたもので、デッキにはFar East を象徴する日章旗のデザイン。

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